合体!?介護保険と支援費制度

介護保険と言うのは知ってるよね。
知らない人はお願いだから片っ端からニュースを読んでください。
聞くのではなく読んで。
コレは、高齢者のためのものではなく、解けば自分のことだから。

さて知ってることを前提にこのページは進みます。

支援費制度。これは あゆも使っている制度であり、
もし、たとえば、極端だと思うけど、アナタが明日車で引かれて足を切断して車いす生活になってみたら。
そうしたら、たぶん、使える制度です。

コレと統合されようとしてる制度があるお話。

支援費制度といままで

今まで障害者と言うのは保護の対象だった。
生活保護を知っている人は、ピンと来るかもしれないけど、
日本では保護の対象となった場合、最低限の権利や生活を認めるんだ。
衣・食・住。そして人の権利。
最低の生活はさせようと言う変わりに、これ以上を求めるなら保護は必要ない。
自分で何とかできるでしょってことを宣告。
この中には貯金をすることなんて、含まれない。
つまり、障害者がお金を持つことなんて、とんでもないとされていた。
コレが近年まであった話。
ちなみに義務教育が適用されたのも、24年前。
とにかく「保護」と言う言葉でくくられていた。

受けたい支援、行きたい施設、訓練をここでしたい…と、
ほとんどのことは、協議はしてもらえるものの、市区町村などで決められていた。
それが、措置制度。
たとえば、あゆが先日まで奮闘していた“介護の手探し”も、
「○○会社で派遣をして欲しいんですけど…」と言っても
以前なら「あ、ダメです。あなたは△△会社です」と、なってしまう制度だった。
「どうしてですか?」
「答える必要性はありません」
こんなこともざらにあった。
こういったことができるようになったのは、昨年2003年の4月から。

それが「保護から権利へ」と言う動きになり、ようやく近年の社会が変わってきた。
その波に乗って作られたのが、支援費制度と言っていい。

たとえば。
それまでは、介護をしてくれる会社にヘルパーを派遣してもらってて、
あるとき怪我をした。
1年前まではそのために、何度も市区町村の福祉の窓口に行き、
幾度も説得をしなくてはならなかった。
それでも、泣く泣くそのまま、介護される日々を過ごすことも、当たり前になってたんだ。
だけど、いまなら協議等の結果、契約をきって会社を変えることができる。
あゆのように服を買いに行くことが多いから、
若いオンナノコと話しの会う人と一緒に行きたい…と行って、会社を探すことも可能。
自分なりの時間をコーディネートできるようになった。
去年から。

この支援費制度になって、まだ1年。
ようは、それまで自分のことなのに、自分で決められなかった。
国や市区町村の顔色ひとつで決まってたんだ。

ま、ちょっと大げさだけど。

いま支援費制度では、市区町村に先に行くのではなく、
会社を決めて、ココにしましたから程度でイイ。
ただし、制度を使えると言う認可みたいなのをもらう必要がある。

どこからが障害者?

障害者ってなにもんさ?って思う。
誰もが障害者だと思うからね。

だけど、いま、この日本では“障害者手帳”と言うものがある。
コレを持ってる人(愛の手帳と言うのもあるけど…)が「障害者です☆」と、
堂々と宣言できちゃうのだ。
そこにはクラス分けがあり、階級がある。
いろんなことが自分でできないほど、級は高く、資格と一緒の数え方。

ちなみにあゆは1級。
重複といって、手と足に結構な障害があるとされてるんだ。

いろんな制度を使ったり、補助を受けたり、
何をするにも簡単な基準である“障害者手帳”の基準は、重要視されている。
20歳以上の一定条件を満たした障害者が給付申請のできる、障害者基礎年金。
コレも年金階級と言うのは一応あるけど、障害者手帳の階級は大きな基準になっている。
すると、たとえば1級クラスの年金給付は10万円だとして、
2級クラスは8万円の給付が受けられる。
コレは、ちょっとでも自分で稼ごうと思えば、稼げるでしょって意味も、
少なからずあると思ってる。

生活のレベルが”障害者手帳”の階級で変わるといっても、過言ではない。

お金もそうだけど、あゆもお世話になってるヘルパーさんを、使うことだってそう。
ひと月に何時間派遣してもらっていいかの基準にもなるんだ。
支援費制度を使うことで、国を通すわけだから、
こういった会社もちょっとした保障の中で、サービスの提供ができるんだ。

その階級が、いま、壊れようとしてる。

それが、介護保険の存在だ。

介護保険の仕掛けにひっかかるな!

簡単に言えば、
介護保険は「自分で着替えられますか?」「自分でご飯食べられますか?」と、
ピチピチ、ピンピンの人が、高齢者に質問をして、
「この人は要介護度3ね」などと決めてしまう。
だけど、コレを障害者に当てはめたら、どうだろう。

あゆは、コレならご飯は自分で食べられるけど、こういうのは介助が必要、とか、
歩くことはできるけど、長い時間や荒天は無理…など、条件がいろいろある。
また、目の見えない人だって、着替えは自分でできるけど、
街を歩いて買い物ができない人だっている。
こういうケースは、介護保険には無いのだ。

だけど、いま、厚生労働省は、支援費制度と介護保険を、統合しようとしている。

誰が考えても、当てはめられない状態だろう。
だって、ちょっとのリハビリとサポートで生活できるデリケートな障害の人と、
年齢が重ねていったカラダが動かないことは、全然違うんだから。

なぜそんなことがしたいか?

それは、国が赤字だからなんだよ。
介護保険を良く知る人は分かるけど、何をするにも自己負担がイタイと言うのが、
介護保険の特徴…なんていわれてる。
でも、それは、保険料の引き上げで、若者が痛手をこうむってるのと変わらない。
しかし、いま、障害者はすごい勢いで増え続け、
先述のとおり年金や補助を受けまくってるもんだから、財政を圧迫してる。
ただ財政を食いつぶすとしか思われていないんだ。生活が必死な人だっているのに…ね。
そこで、生活するには避けて通れない支援費制度利用者から、
介護保険に組み込んで徴収してしまえ…と、言うことなのだ。

さあ、どう思う?

謎だらけの“しくみ”

あゆは、現状の介護保険で障害者を割り振るのは反対だ。
ただ、現行の支援費制度を使っていて、もっと負担額を減らせと言うのは、
どうも腑に落ちないんだ。
だって、年金、手当て、生活保護…すべてお金のなる木のように沸いたものではなく、
誰かが一生懸命働いたお金だ。
その中には元気満々な人だけではない。
障害者認定をもらうほどではないけど、体が利かない人や、本当に必死で生活している人の税金なんだ。
こういったお金をちょっとでも手にしている人は、忘れちゃいけない。
人に支えられて、今、こうして生きていられるんだよ。

あゆはいつもこう思ってる。

いま支援費制度を使うあゆは、認可された時間内なら、自己負担額は無い。
ヘルパーさんを使っても、お金を払うのは国なんだ。
この負担額というのは所得によって増えていくので、あゆはそこまで稼いで無いのだ。(^^;
つまり、お金を払いたくなければ、いくらの収入までという線を、キープし続ければいい。
でも、あゆは体力の持つ限り、仕事をしまくってる。
だって、本来は自分で払うべきものだもん。
人を使うんだから。
それだけの技術料を払う価値はあると思ってる。
(逆に提供者は、それだけの質と意識を求められていくんだけど…)

自己負担額が無い人が多い。
それは、収入が無い…つまり、仕事に就いて無い人がほとんどだから。
だから思うの。
障害を持つ人がきちんと仕事のできる環境をつくって、払える人は払え!と。
超氷河期の障害者雇用の時期は続いてるけど、それには制度の問題がある。
誰もが移動するのが難しいのに、スキルアップなどの通学や通勤には、この支援費制度が使えない。
プロに移動を頼んで仕事ができない。
はたまた、誰もが資格を取らなきゃ仕事にはまったくといっていいほど就けないのに、
障害があって通学が困難だと、資格を取るチャンスさえ無いのだ。

それで、制度を使うのは生活のことと娯楽に許可が出てる。
一生懸命でつくられたお金を遊びだなんだで使われるから、今度は強引に都合のいいように、ランク分けしてお金を徴収?
もっとまともに使えるようにシステム考えればいいのに。
ヤラレタからヤリカエスの繰り返しだ。
ちゃんちゃらおかしい。

障害者になったら考えよう

コレを聞いた障害者軍団が、先日デモ行進をしたらしい。“らしい”がポイント。
だけど、どのマスコミにも全然取り上げられていないね。
介護保険が決まったときは、あんなにたくさん報道してたのに。

でも、ぶっちゃけ、他人事ですもん。
高齢者にはいづれなるけど、障害者にはなることはないと思ってるから。
まぁそれが大きな間違いであることも、知らないんだけどね。

でも、そのデモをした人たちにも、ミスがある。
マスコミにもっと呼びかけましょうよ。
どうあがいても、どこを探しても、あゆの会社のあゆ担当には、そんな一報どこにも無い。
せめて、メールの1つくらい、打ちましょうよ。イベントのお知らせは出せるのに…?
世論の大きさを大事にしようよ。
そして、相手(今回なら財政を管理する国)の状況を把握して、メリット考えようよ。
どんな交渉だってメリットがなきゃうまく行かないでしょ。
どう考えたって、今は、国の方が優勢なんだから。

ぎゃーぎゃーいうだけのアタマなの?
だったらあゆも道連れになってやるわよ。しょうがないなぁ。
でも、違うでしょ。どうしたら障害者も財政を食いつぶすだけじゃないってことを証明できるか 考えて提案しなくちゃでしょう。
なぜ向こうがそういう行動を取ってるか、考えて、こうなってればできる!というのが、
いま足りないことだと思うわ。
このままでは、この制度は強行されていくもの。

で、みなさん、覚えてる?
20歳過ぎたら、年金を払ったり納税したり、労働するのは義務なのよ。
義務を果たすから権利がある。
権利を主張するから義務を果たす。

あなたは義務を果たしているの?

泣き寝入りしろと言っているんじゃない。
たとえば、通勤や仕事に介護のプロを介入できるシステムがあったとしたら
働けるはずのあなただったら、ちゃんと働く?って聞きたいの。
遊んでないで、夢ばっか追っかけていないで、
そんなシステムが今すぐ確立されたら、今すぐちゃんと働く?
(不況は置いておいて、雇用企業があると言うことを前提としてね)
その意思が無い=義務を果たさない…だとあゆは思ってる。
実際体は追いつかなくても、そういった意思があるのか、ないのか…と、あゆは聞きたい。

「自由に生きたい!」のは結構だけど、自由には責任があるんだよ。
足元見て、ヤルコトやってる?

だから、権利ばかり振りかざす障害者だ…って、思われないように行動をしてほしい。

そして…。
物理的に体を動かしたり、意思表示が難しくて、働くことができない人だっている。
その人たちの分までがんばっちゃう♪と思える人がはじめて、バリアフリーとか言えるんじゃないかなぁ。